ゲームと運

<1>
ゲームをプレイしていて、いつもミスするシーンをミスなく突破出来たり、相手の技を何気に躱していたり、というシーンで「今のは運が良かった」等と感じる事は多いと思う。
果たして、それは運が良かったのだろうか?
初プレイであればそう思う事もあるだろうが、何回もプレイしているゲームに於いてはどうだろうか?
ゲームに限らず経験値を重ねる事で、どんな事でも上達していく。つまり、普段のミスを乗り越えたのは運ではなく上達したからだ。
しかし、元カプコン社員の岡本吉起氏が、自身のYouTubeチャンネルで述べていた言葉を聞いた後ではどうだろうか?
氏は同チャンネルで、ナムコの名作ゲーム「ゼビウス」について述べた回で、ゲーム内の仕様により、プレイヤーが「今のは運が良かった」と錯覚する(様な趣旨)の言葉を述べていた。具体的には、ミスした時マップを半分ずらして再開する事で敵の配置が換わり、本来強敵が出現する部分をキャンセルして進める事が出来る(という様な趣旨)というモノ。
これは、ゲームをゲームクリエイターの目線で分析した結果の事で、一般プレイヤーはたまたまミスした部分がキャンセルになったと思い込み「今回は運が良かった」と錯覚している、という事になる。悪い言い方をすれば、開発者の手の内で踊らされているという事だが、言ってみれば運の部分をゲームバランス調整に組み込んでいるというのはスゴい事である。
当然ながら、そこまで考えて(仕様として)作られているゲームは多くないと感じる。
一般的には最初に述べた様に、自分が努力した結果上達していると感じるわけだし、それがプレイモチベーションになっている。
しかし、運が良く先に進んだ場合もモチベーションは上がる。要は、次も先に進みたい、と思わせる事が重要なわけで、その部分を本当に運が良かった部分とは別に、意図的に仕様として入れているとなると唸るしかない。
繰り返しになるが、こういった事はゲームクリエイター目線か、かなりやり込んだプレイヤーが気付く事柄で、一般からはどちらも単に「運が良かった」と思われるだけなのだが、今後は、本当に運が良かったのか?と考えて深くゲームについて考えてみるのも面白いのではないだろうか?
<2>
さて、ここまで運をプレイモチベーションに変える仕様について述べてきたが、これから述べる事は、その逆の事柄となる。
アーケードゲームには「脱衣麻雀」というジャンルがあった。
麻雀で勝つと相手の女の子が脱いでいくという、男子のプレイモチベーションが一気に上がる仕様で、主に(サボりの)サラリーマンが喰いついていたジャンルのゲームだが、この「勝つと脱ぐ」という仕様自体は、プレイヤーを限定するとはいえ、プレイモチベーション維持として良く出来ている仕様である。
しかし、本来運の要素が多分にある麻雀というゲームだが、こと脱衣麻雀ゲームとなるとその運を過剰にコントロールしていた・・・と考えられる。

セタのスーパーリアル麻雀PⅡは、大ヒットした脱衣麻雀であるが、いきなり天和という、ありえなくはないが、あからさまなゲームオーバー対策が出て来る事で有名だった。これはあからさま過ぎて逆にネタになっているが、運をコントロールしようとして失敗した例である。
アーケードゲームの特性として、プレイヤーの回転を上げる為にプレイ時間をある程度コントロールしなければならなかった事情がある事は理解できるが、いきなりゲームーバーになる事がある、となると反って100円を投入する事をためらう事になりかねない。
後に、対戦キャラにより得意技(上がりの傾向)や、プレイヤーへのイカサマアイテムでバランスを取ろうとする動きが流行、というかデフォルトになるが、どうしてもアーケードの呪縛を断ち切る事は出来なかった。(当然ではあるが・・・)
麻雀に限らず、ギャンブル系のゲームの難易度調整は難しいと思う。
対戦ゲームであれば、調整など要らず普通にランダム調整で問題ないと思うが、CPU戦でしかも(イカサマ)アイテム等で運を調整する場合難しくなる事は目に見える。
アーケードゲームは前述の通りプレイ時間の制約がある為調整はシビアになるが、そうではない場合、如何に「運が良かった」と思わせる様に調整するかは、開発者の腕の見せ所の一つだろう。
ギャンブル系ゲームで「運が良かった」「助かった」と思いながら、次もプレイしようと錯覚させてくれるゲームの登場を楽しみにしたい。



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