top of page

ホラーとゲーム

  • 執筆者の写真: 竜騎士
    竜騎士
  • 3 日前
  • 読了時間: 4分

ホラーは「恐れ」という意味である。

人間の根源的感情である「恐れ」に訴えかける要素を持った映画・ゲーム・漫画等をホラー○○と呼ぶわけだが、ホラーにはかなり広範囲な意味合いがある。

スプラッターでも、サイコでも、サスペンスでも、コズミックでも、「怖い!」と思わせる要素があれば何でもホラーと呼べる。


ゲームでもホラーをモチーフにした様々なゲームが発売されている。

個人的に最初に意識したホラーゲームは何か?と考えると・・・「弟切草」かもしれない。(このゲーム以前にもあったと思われるが、思い出せない・・・)

ホラーは「怖いけど楽しい」という、相反する感情を呼び起こす。これは所謂「恐いモノ観たさ」という感情で、安全な場所から不幸を覗き見るという人間の卑しい部分を刺激するものだ。原始的なモノは、「見世物小屋」だったり「お化け屋敷」だったと思われる。これらはホラーをゲーム的に捉えた原初の存在と言えよう。これらが映画・漫画へと飛び火し、ゲームに進化した、と捉えるのは乱暴だろうか?いや、映画・漫画等のサブカルはゲームの先祖とも言えるわけであながち間違いではないだろう。


と、ここまで述べてきたが、正直ホラーは苦手な分野で、映画でも好んで観る事はしなかったし、漫画に関して言えばむしろ避けてきたとも言える。

しかし、ホラーゲームは嫌いではない。これは「バイオハザード」の影響が大きい。バイオハザードは、説明する必要が無いほどの大ヒットホラーゲームだが、何と言ってもアクションホラーという部分が大きい。雑魚っぽい敵である「ゾンビ」と戦う=撃ちまくれる、というゲームらしい「爽快感」が「恐怖」よりも楽しく感じられるのでプレイしてしまう。

より精神的恐怖を描いた「サイレントヒル」でも、アクション部分がある為、ホラー(的演出)を楽しむという方向に振れている。

結局、恐怖を楽しむというより、よりゲームらしいアクションを楽しんでいるわけだが、ホラーゲームはアクション寄りのモノだけではない。先に紹介した「弟切草」は、ノベルゲームであり、テキストと効果音というゲームらしい演出でホラーを楽しむゲームだ。更にゲームという流れで、プレイヤーの判断で物語を分岐させて楽しむ事が可能である。

結局、ゲームはこのプレイヤーの操作が入るというインタラクティブ性が特徴であり、それが入るだけで、ホラー要素よりゲーム性を「楽しむ」という要素を加速させるから、他のホラーエンタメコンテンツよりも嫌いではないのだろう。


<ホラーゲームとクトゥルフ神話>

ホラーとゲームを語るうえで個人的に絶対に外せないモノがある。それが「クトゥルフ神話」である。

クトゥルフ神話は、アメリカの小説家「ハワード・フィリップス・ラヴクラフト」が書いた小説を体系化したもので、コズミックホラー(宇宙的恐怖)を確立させた偉大なる小説群だ。詳細は省くが、多くの作品は人知を超えた恐ろしい存在に翻弄される人類の姿を描いており、その絶望感が面白いというホラーの要素を十二分に伝える内容である。


このクトゥルフ神話とゲームの関係は、コンピュータゲーム以前のTRPG(テーブルトークRPG)に遡る。

TRPGは、主にファンタジー世界をモチーフにしたタイトルが多かった為、当初ホラーRPG?どういう事?と訝っていた。しかし、実際遊んでみると、恐怖度を数値化したSAN値というシステムを利用した、じわじわ感じる恐怖が実に面白い事に気付いた。SAN値は恐怖を感じると増加して行き、限界を超えるとプレイヤーキャラが狂気に陥るというルールで、SAN値を増加させるロール(SANチェック)に緊張感を与えていた。恐怖とスリルという似て非なる感情を刺激される面白さは、ジェットコースター系の楽しさを感じる事が出来た。(個人的にジェットコースターは苦手だが・・・^_^;)

このTRPGの基本システムが、その後コンピュータゲームに引き継がれ、登場する数々の魅力的なキャラ(主に邪神だが)と相まってホラーゲームとしての面白さを昇華させてきた。

恐怖を上手く数値化し、ゲーム性に強く反映させた事は大きな発明だと思う。

ニッチな部類に入るジャンルだが、恐怖を楽しむ為のシステムは素晴らしい。


*SANチェックの元祖は、TRPG以前のアドヴェンチャーゲームブックの一つ「地獄の館」と思われる。この作品では主人公(自分)に限界恐怖値が設定されており、恐怖シーンのパラグラフで指定された恐怖値を加算していき、限界点を超えるとゲームオーバーという、システム的にはクトゥルフ神話TRPGと全く同じものが採用されていた。


恐怖を数値としてゲーム化したという発明があり、ゲームとホラーは相性の良い組み合わせとなったわけだが、その歴史は意外に古くからあったというわけだ。

現在「恐怖を楽しむ」という基本を考えれば、プレイヤーの限界恐怖値を刺激するのは進化したビジュアルでの視覚要素+インタラクティブとなる。

如何にプレイヤーの恐怖値を溜めて行くか、そして(プレイし続けてもらう為に)限界恐怖値を如何に超えさせないか、という部分のバランスがとれているゲームが面白いホラーゲームと呼べるのではないだろうか?

Comments


bottom of page