今回は対戦格闘ゲーム特集だが、個人的に対戦格闘ゲームは得意ではない。 正確には、対人戦が得意ではない。 どうしてなのか?と考えた時に、普通に下手だから、という事になるが、下手には下手の理由があるだろう。
その前に、私と対戦格闘ゲームの関わりから語って行こう。
私は古参ゲーマーの部類に入るので、最初にプレイした対戦格闘ゲームは「ストリートファイターⅡ」(ストⅡ)だった。ストⅡは、今更説明は不要の2D対戦格闘ゲーム(とブーム)の礎を築いた記念碑的ゲーム。ゲームセンター登場時から大ヒットの様相を呈し、ストⅡ´辺りから広まった対戦台の普及により、その人気を不動のものとした。
それまでに無い全く新しいタイプのゲームであり、ゲーマーの目を惹く事は必須だったのだが、私は今も当時もキャラクターが好きか嫌いかでプレイするゲーム選んでいる。これは、ゲームが2Dであろうが3Dであろうが変わらない。ストⅡに関しては、(やはり)春麗推しでプレイし始めた。
ゲームセンターは、対戦格闘一色になり対戦台だらけとなるが、そんな環境でも対人戦を行う事は無かった。
これは、対戦格闘ゲームに対するスタンスからくるもので、それはつまり、対戦格闘ゲームのどこに面白さを感じているか、という事だ。このスタンスは、対戦格闘ゲームの強さの根本であり、ここでほぼ強い人と弱い人が別れる。
ここからはあくまで個人的な分類になるが、対戦格闘ゲームの面白さは3つで、そのどれがプレイスタンスなのか、という事が対戦格闘ゲームの自力という事になる。
その3つとは、①勝敗②勝ち方③キャラクター。
①は、とにかく勝つ事に喜びを見出す人。勝つ為ならばシステム的に許されているモノはなんでも使って勝負するタイプ。
②は、良い勝負がしたい人。勝ち負けよりも勝負の内容、読み合いを楽しむタイプ。いわゆるスポーツマンシップのあるプレイヤーだ。
③は、ゲームシステム云々ではなくキャラクターを動かす事を楽しむタイプ。カジュアルプレイヤーとも言える。
①>③という感じで、対戦に対する意気込みが違う。対戦である為勝敗がつく。そして、勝負には勝った方が面白いに決まっている。どのスタンスでも勝利は重要なモチベーションであるが、スタンスによって勝利への貪欲さが異なるというわけだ。
ここに、動体視力やコントロール捌き等の身体的要因と相手の動きを見切る勝負勘という精神的要因が積み重ねられ、総合的な対戦格闘ゲームの強さが生まれる。
それぞれの要素の乗算なので、当然①のスタンスで戦っているプレイヤーが基本的に強い事になる。
喧嘩腰で来る相手が強いという、ある意味本来の格闘をシミュレートしていると言えるだろう。
プレイに対する心構えで強さが決まるというのは当然の帰結であるが、身体的な操作の上手さや相手の癖を見抜く分析力よりも、勝ちへの拘りという動物的精神の強さありき、という所が面白い。
この辺りは。e-スポーツの選手等に話を伺ってみたい気もする。
で、私は③の部類のプレイヤーであり、そのスタンスの地力自体が低く、操作も上手くない為、勝てないという事で対戦プレイを敬遠してきた。
古いタイプのゲーマーだから、という言い訳ではないが、昔のゲームには対人戦という概念があまりなく対CPU戦がメインだった。その影響からか、ゲームはCPU戦がメインとの思い込みもある。
ただ、最近はDOA6で読み合いの面白さに目覚め始めている。ある意味攻防の読み合いに特化しているゲームなので、いい刺激を受けた様だ。それでも多くはCPU戦なのだが・・・それよりも先ず、このゲームに関しては、キャラクターが良いという事が一番の要因だ。(笑)
最後に、今回のコラムを書く切っ掛けを与えてくれたゲームについて語りたい。
「Robot88」というゲームで、自分で技のモーションを考えて戦う事が出来る対戦格闘ゲームだ。技やガードポーズを自由に作れるのだが、ここで各々の対戦格闘ゲームに対するスタンスが如実に表れる。
①のとにかく勝つ!という心意気のプレイヤーは、極端な例で、ガードポーズで地面スレスレに寝転がったり、普段の立ち姿がしゃがみ状態で上段攻撃を無効にしていたり、ムリなポーズのやたらリーチの長い攻撃だけを装備していたりと、ゲーム内で許される仕様をフル装備して戦う。それ以外のプレイヤー(②・③)は、いわゆる現実の格闘技の技をモチーフにしたり他のゲームの技を再現したり、という感じで見た目普通の対戦格闘ゲームの様に振舞う。
この両者が戦うと、全く面白い対戦にならない事は明白だろう。技の幅が広すぎて基本ルールがないのだ。開幕に1発攻撃を当てて後は地面スレスレ(場合によっては地面にめり込んで)のガードポーズで時間切れで逃げ勝つという、なんとも極端な戦いが実際に行われている。ここに、対戦格闘ゲームとしての面白さは微塵もない。
このゲームは、正確には技モーションを作る対戦格闘ゲームのシミュレーションであり、対戦部分はおまけなので、普通の対戦格闘ゲームと同様の勝負論を語るのは話がズレるのだが、プレイヤーの勝利への拘りや執念が露骨に表れるという部分をみて、対戦格闘ゲームの面白さやプレイスタンスに付いて考える切っ掛けを与えてくれた。この様な切っ掛けが無ければ、今も、のほほんと好きなキャラクターを動かし続けていた事だろう。
ゲームを通して面白さやプレイする心構えのようなモノを考えるという事は奇特な事かもしれない。しかし、一つの大きなカルチャーとして普及したゲームを考察する事は、今後のゲームの発展に必要な事だと思う。
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